2016年 1月25日up Vol.013 ようこそ三浦屋へ

春夏秋冬屋形舟!!

三浦屋プロモーションを

我社の鬼のお局様 海苔巻さんが

女性?の観点から お造りに(@_@;)

最高の出来だとcaptainケンケンは思います

←の画像をクリックして下さい( ^^) _旦~~

2014年 5月 17日up Vol.012 歴史散策!!神田川日本橋川大江戸サムライクルーズ登場!

三浦屋歴史散策クルーズBコース(小、中、高校課外授業、修学旅行に!!)

三浦屋の新しい周遊コース ★三浦屋鬼のお局様と行く地底トンネル河川

徳川開府四百年。1590年に江戸に入府した徳川家康は、海辺で井戸によって真水を満足に得ることができない江戸の飲料水を確保するために平川(後の神田川)を改修し、井の頭池と善福寺池、妙正寺池を水源とする神田上水を整備した。神田上水は川の本流から目白で分流して小石川、本郷に水を供給した。
また、後に水害対策として平川下流の流路を隅田川に通じる道三掘と新たに
開削した江戸前島を貫通する流路(外濠)に流れるよう改修した。家康の死後、2代将軍徳川秀忠は江戸城の東北の守りを固めるために平川を天然の堀とすることを企図し、小石川から南流していた流路を東に付け替える工事を行った。この工事では、水道橋から東は神田台と呼ばれる台地が本郷から伸びていたため、これを掘り割って通し、御茶ノ水に人工の谷を造った。神田台の東では、元からあった川を利用して神田台から真東に浅草橋、柳橋の東で隅田川に合流するようにした。秀忠の改修によって、平川の元の河道は切り離されて江戸城の堀となり、東に流れるようになった平川は「神田川」と呼ばれるようになる。
神田台の掘割の西には水道橋が架けられ、神田上水は日本橋まで給水できるようになった。後に日本橋の旧平川河道と神田川は再び結び付けられ、日本橋川となっている。                     まあ!!堅い話は抜きにして、古きを尋ねて、新しきを知る精神で 三浦屋歴史散策クルーズで楽しい2時間(A,B,Cコース)の徳川幕府の水に対しての苦労を三浦屋サムライツァーガイドのお話に耳を傾けるのも『これまた一興、江戸の粋』かもよ!!参考資料:江戸城/史跡めぐり 江戸城の街-今と昔 神田川に架かる140の橋 神田川逍遙